ブラック・スワン(Black Swan)

ナタリー・ポートマン主演の最新作、ブラック・スワンは今年見た映画の中でも群を抜いて素晴らしい映画だった。エンドロールまでの最後の一分間は両足に”鳥肌”が立ち、最後のナタリーの表情と姿に涙腺が熱くなり、エンドロールでは呆然とするしかなかった。




この映画は過保護に育てた母親との軋轢を乗り越え自立する話でもなく(その筋でやるのであれば、ニナがプロのカンパニーに入った段階にストーリーを設定したほうが成長の伸びしろがあるという点で良い)、厳しい競争の中でサバイブして勝ち残る(そういった競争の要素は親子関係同様、最低限しか描いていない)映画でもない。


ひとりの弱い人間が集団の中で頂点に立とうと立ち向かった時に一気に訪れるあらゆる試練を経て、アダムとイブの林檎よろしくやってしまった事(=悪魔との契約)によって、次々と恐怖と困難を受ける羽目になり、最終的に陰と陽の両方を背負いながらひとつの結末を全身で受け止めるという、クラシックな宗教観のもとにあるテーマでありながら、巧みな演出と映像表現で古臭くなく描ききった作品であると同時に、極めて現代的なホラー映画でもある。


この映画の主体は最後までニナにあり、母親や同じバレエ団にいるライバルや振付師はあくまでも脇役であり、彼らが主体になることはない。そのため、最初に述べたような親子モノやライバル競争モノ映画というくくりには成っていない。
それは撮影手法や演出に現れている。


まず聴覚。筋肉の動く音や関節の軋む音はニナにしか施されておらず、ニナの持病であるストレス性の蕁麻疹といった微細な体の効果音に至るまで、観客を聴覚でニナと同じ音を聞いてるかのような感覚を錯覚させる。


次に視覚。主にバレエのレッスンシーンやニナの感情に動きのあるシーンで手持ちのカメラが多用されており、その場にいるような感覚を見る側に与える。逆にレッスンの外では第三者的な撮り方をすることで、とてもメリハリのついた見せ方をしているなと思った。


そうして主人公ニナと同じ目線にたったタイミングを見計らって、プレッシャーとニナ自身のメンタルの弱さが壁になってできた恐怖が次々と訪れる。


映画を見ている側とニナにとっては周囲にも見える恐しい現象であり、誰かが仕掛けたものに見えるものの、実はそれはニナ自身しか見えない幻覚であり、終始ひとりで勝手に錯乱していたことが映画の後半ですこしずつわかる。


誰かが直接与えた恐怖ではなく、周囲によるちょっとした事がきっかけとなり自分の中で肥大化した恐怖に苦しむのがこの映画のポイントであり、苦しみと強いプレッシャーの中で、見ないようにしていた自分の弱さと否が応にも向きあうはめになり、救いを求めてすがりついた先で悪魔に誘惑されて禁断の果実を口にした(ネタバレになるので多くは書かないけど、ある夜に出かけた先で口にしたもの)ことで、周囲は何もしていないのに、一人でさらなる恐怖に苛まれて待ってはくれない舞台初日を極限の中で迎えるという社会生活の中での恐怖が、この映画の「ホラー」だ。


舞台初日に混沌と恐怖の中で行くところまで行ってしまったニナはついに黒鳥になることに成功する。しかし、それと代償に自分で自分に大きな痛みを残す。しかし、その痛みを避けて成功はありえなかった。
白鳥の湖のストーリーとクロスオーバーさせた、この一連の流れを経たラストシーンは本当に鬼気迫るものがあり、巧みな撮影手法と効果音や音楽の使い方もあって途中まで共有していた感情は黒鳥の衣装をまとったシーンで完全に突き放され、そのまま終わる。
そうして最初の書いたようなカタルシスに包まれ、エンドロールを迎える。



白鳥の湖のストーリーと映画のストーリーがある程度シンクロさせ、スピード感のある自己完結型のホラーとして、「白鳥の湖」に新しい解釈を大胆に取り入れ、新しい手法と視点によってリメイクに成功した大傑作だと思う。

ブラック・スワン 3枚組ブルーレイ&DVD&デジタルコピー(ブルーレイケース)〔初回生産限定〕 [Blu-ray]

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ブラック・スワン オリジナル・サウンドトラック

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